退職日

  最終日は一日内勤をしていてください、と上司から言われた。
一日中内勤なんて、入社初日以来だ。


  いつ辞めてもいいように机の中はきれいにしてあったので、
中から荷物を出すくらいで整理は済んだ。
よく、
生きている間に早めにお墓を買うと長生きするなんて言う。
いつ辞めてもいいように、なんて備えている人ほど長くいるんじゃないかと
私は内心考えていたけど、そうはならなかった。
本当に、あっという間に辞めてしまった。


  次に名刺の整理をした。
何枚くらいあっただろう、数えはしなかったが、かなりの量だった。
先輩との同行中にもらったものは、申し訳ないが全て然るべき方法で処理をした。
自分が担当していたお店のものは、重要なことなどを書き込み、机の上に置いておいた。
次にそこを担当する人のためだ。


  社内で一番仲の良かったマーケティング部の女性とお昼を一緒に食べる約束もしていた。
昼間はイタリアン、夜はフレンチ、というスタイルで営業している、
安くて美味しいお店があると彼女が言うので、つれていってもらった。
会社から徒歩5分くらいの場所にあるのだが、
社内の人はほとんど知らないので、彼女の隠れ家なのだという。
イタリアンなら私もいつも昼に食べてきたけれど、
五本の指に入るくらい美味しいランチだった。
「辞められて、いいなぁ。」
彼女は呟いた。


  会社に戻る途中、郵便局で便せんを買った。
会社の自分のデスクで退職願を書いた。
会社で退職願書くなんて非常識だよなー、と思ったが、
もう辞めるんだしまぁいいやと思った。
なんせ急だったので、家に無地で縦書きの便せんがなかった、
用意する時間もなかった、というのが言い訳だ。


  退職願を出した後は、ずっと、引き継ぎ書類を作った。
なんせ急な決定だったので、引き継ぎもしないまま退職になるので、
どのお店に対して私がどんなことを取り組んできて、
これからどんなことを  しようと思っていたか、
ということを誰にも伝えられないままだった。
別に私が言わなくても、次の人が次の人なりのやり方で営業していけばいいのだろうけど、
私が得た情報を引き継げば、その分時間を短縮して早く売り上げにつなげることができる。
私が3ヶ月以上かけてちまちま情報を集めて、
やっと最近、売上げにつなげたり、成果を出せるようになってきたのに、
同じお店でまた誰かが一から始めるなんて、時間の無駄だ。
だから、私が得た情報や、そのお店ごとのポイントやツボを、全てメモした。


  担当していたお店全てをリストアップしたら、それこそ1日じゃ足りないので、
重要なお店だけをリストアップした。
70軒くらいだっただろうか。


  その間に、経理の人と退職の具体的な話をしたり、
諸々の雑務をしたりして、
思っていたほど仕事ははかどらなかった。
18時ぴったりに会社を出る予定だったのに、
18時には、まだ引き継ぎ書類は半分もできあがっていなかった。


  18時をすぎると内勤の人々が帰って行ってしまうので、
ひとまず退職の挨拶をしに行った。
急なことだったので、みなさんに驚かれた。


  席に戻りまた仕事を続けていると、
私より2ヶ月ほど後に入社した、受注センターの若い女の子がやってきた。
若い女の子と言っても私と同い年なのだが、
なんせ受注センターの人たちが皆30歳を超えたベテラン陣なので、
彼女はその中じゃ飛び抜けて若い。


  彼女が、震えながら私に話しかけてきた。
「吉田さん、さっきの話なんですけど、本当なんですか。」
「はい。」
「私、まだ信じられないんですけど。
 今日が最後ってことは、来週はもう吉田さんはいないってことなんですよね。」
彼女は言った。
「はい。」
「だめです。
 辞めないでください。
 吉田さんがいなかったら、私も辞めます。
 もう続けられません。」
と言って、彼女が目に涙を溜め始めたので、慌ててキッチンに移動した。
「私、同期もいなくて、
 でも、営業だったけど吉田さんが私とほぼ同じ時期に入社してて、
 歳も同じだから、
 本当に吉田さんが心の支えで、
 辛い時も、あぁ吉田さんも頑張ってるから私も頑張ろうって、
 今までやってて…
 本当に吉田さんがいなくなったら、もう続けられません。
 もう無理です。私も辞めます。」
泣きながら彼女は言った。
びっくりした。
内勤の彼女と営業の私はほとんど話すことがなくて、
社内ですれ違えば挨拶をする程度だったのに、
まさか彼女が私をそんな風に思っていたということを、
私はそのとき初めて知ったのだ。
なんと言っていいかわからなかった。
少し嬉しかったのも事実だし、
でも、もうどうしようもないことなので、複雑な気分になってしまった。


  そんなこんながあり、他部署の課長たちから、
「よっちゃん、聞いたよ。
 急だな!」
と話しかけられ、挨拶をしたりしているうちに、気付けば21時をまわっていた。


  諸々のことが終わり、帰れる状態になったのは22時頃だった。
私の正面の席の先輩もちょうど帰るようだったので、
「一緒に帰りましょうよ。」
と珍しく私から声をかけ、一緒に帰ることになった。
そうしたら  その隣に座っていた社内一のイケメン社員も帰ると言うので、
三人で駅まで帰ることになった。
社内には他に4人だけ社員が残っていたので、
私がその人たちに最後の挨拶をしている間、
2人は先に外に出て待っていてくれた。


  元上司に挨拶をした。
入社してから12月まで私の上司だった人で、
1月からは新設された部署の課長として異動してしまった人だ。
小日向文世さんのような人で、私はこの上司が大好きだった。
もう社内に人がほとんどいなかったからだろうけど、
ワインをラッパ飲みしながら、仕事をしていた。
「あぁ、吉田さん。
 おじさん、安いワインで酔っぱらっちゃってるから、
 もう上手くしゃべれないや。
 ごめんね。」
と、赤い顔をしながら言った。
そうは言いながらも、色々と話してくれた。
最後、
「どんな仕事も、全部、闘いだから。
 競争というかね。
 ゲームと言っちゃあなんだけど、ゲームみたいなものですよ。
 あなたがこれから  やろうとしていることも、
 今までの仕事とは全く違うけど戦うと言う面では同じだからね。
 これから辛いことも多いと思うけど、
 是非戦い抜いて行ってください。」
と、言ってくれた。
  

  イケメンたちを待たせるなんて、なんて贅沢なんだ、と思いながら
急いで外に出た。
私の正面に座っていた先輩は、
チーム内で一番私に入社が近い男性社員で、
話しやすく、また私は彼から引き継いだ仕事をずっとしていたので、
話す機会も多かった人だ。
イケメンに関して言えば、
1月までずっと同じチームだった人で、
「こんなにかっこいいのに、優しくて、しかも面白い。」
と、若い女性社員みんなの憧れの的だった。
シュールで口の悪い面もあるのだが、
彼はそれも包み隠さず皆の前でそんな一面も出すので、
「そんなところが、また、いい」なんて人気に拍車をかけていた。
ご他聞に漏れず私も彼が好きで、
だけど、他の女子社員と一緒にされるのは癪なので、
社内では私は彼について話さないようにしていた。
でも私は卑怯だから、
サバの味噌煮食べましょう、とこっそり誘ったり、
うどん食べましょう、とこっそり誘ったりしていた。
気軽に誘えたのは、彼がもう結婚しているからで、
それと、
「うちの会社の女子社員て皆イタリアン大好きで、
 社内でも英語とかイタリア語でしゃべったりしてて、
 俺、たまにイラッとするんだけど、
 吉田さんが一番日本人ぽいよね。
 日本人に向かって日本人ぽいって言うのも変だけどさ。」
と、同行中に干物定食を食べながら話していたからなのだ。


  エピソードは数多くあるけれど、
私がこのイケメンの先輩を信用した一番の理由は、
彼が「スーツを着ることで自分を制御している」と言ったからなのだ。
本当はくだらないことが大好きで、会社に対して不満や疑問も数多く抱くし、
理不尽だと思うことも多いけど、
それら全てをスーツを着ることで制御して、
素直な態度を繕って会社の中での立ち居振る舞いに気を配っている、と。
その徹底ぶりといったら見事なものだった。
私は彼を見習っていたような部分があって、
ヒールを履き、ジャケットを着ることで、彼がスーツを着るのと同じような効果を得ていた。


  先輩2人と駅に向かう道々、
「で、吉田さん、どこの出版社に決まったの?」
と、聞かれた。
出版社の名前を言い、どこの部署に所属するのかも話した。
「よかったね。
 うちの会社にいるよりも、ずっと、いいじゃん。」
イケメンが言った。
もう1人の先輩も、
「中刷り見たら、吉田さんのこと考えますよ。」
と、言った。


  電車の中でイケメンと2人になったとき、彼が言った。
「いや、でも、吉田さんが辞めるって聞いた時嬉しかったよ。
 辞めるのが嬉しい、って言ったら、
 なんか吉田さんがいなくなって嬉しいみたいに聞こえちゃうけど、
 そうじゃなくて、
 出版社が決まって辞められることになって、あぁ、良かったなって。」
私は、同行中から彼には、いつか出版社に行きたいことを話していたのだ。
今の会社が嫌と言う訳ではなくて、
やっぱりどうしても、自分の好きなことをやりたいから、
いつか会社を辞めて出版社に行きたいと。
「ほんと、よかったね。
 俺も嬉しいよ。」
人のことでこんなに喜べるなんて、本当にいい人だなと思った。
  

  もう、首を傾げながら東京タワーのふもとの交差点を渡ることもない。
これでいいんだろうか、
何かが間違っているんじゃないだろうか、
四月からずっと、自分の人生に疑問を感じながら、その交差点を渡っていた。
就職氷河期、不景気、と言われるこの時代に正社員と言う立場を捨てて、
先の保証もないまま時給で働くようになることが、正しいとは思えない。
だけど私は、それでもどうしても、出版だとか文芸に憧れてしまうのだ。
一度でいいから、その中に入ってみたかった。
だから、不安も多いが、自分にはこれしかないと信じているのだ。

出張先からの電話

  職場で、変態、変態、と呼ばれている男性社員がいた。
彼の変態エピソードは数えきれないほどあるとのことだったが、
例えば既婚の女性社員にエレベーターの中で抱きついたとか、
ベランダでタバコを吸っていた女性社員にやはり抱きついたとか、
セクハラ発言なんて彼にとっては呼吸をするかの如く当たり前のものだった。
しかしながら彼はキャラクターのおかげで、
彼のそれらの所作の一つ一つもネタのように見えると言うか、
「気持ち悪い!」

「変態!」
などと笑いながら言って流してもらえるような、そんな存在だった。


  彼は小柄で、メガネをかけていた。
例えばそういう外見にはじまり、
変態、変態、と人に言われがちな所や、
それでいて頭の回転がよくって妙に真面目で常識っぽい部分があるところなどが、
私の知り合いのとんでもない変態に良く似ていた。
入社したばかりのときから、ずっとそう思っていて、
その先輩社員にも
「私の知り合いに似てます。」
などと、言っていた。
その知り合いとはもう連絡はとっていなかったけど、
今でも何となく私は彼が気になっていたから、
先輩社員に変態発言をされるたびに懐かしい気持ちになったりもした。


  その先輩は東北エリアを担当しているから出張も多かった。
夜に出張先から会社に電話して上司に一日の報告をするのが決まりなのだけど、
営業部にかかってきた電話は私がほとんどとっていたので、
彼からの電話もまず私がとることが多かった。
私が電話を取ると
「あぁ、彩乃?
 俺だけど。」
と、彼が言う。
そんな風に電話をかけてくるのは彼だけなので、
私も「○○さんですか?」と言うと、彼は
「え、なんで俺だってわかったの?
 やっぱり彩乃も俺のことが好きだから?」
などと言う。
「そうです、そうです。 
 それで、どなたに おつなぎしますか?」
「えぇ、もうちょっと話そうよ。
 それでさ、いつ結婚する?」
いつも、そんなやりとりをした。


  九月だったか、十月だったか、
社内一のイケメンと呼ばれる先輩と、その変態の先輩と、
入谷までサバの味噌煮定食を食べに行った。
イケメンと変態は仲が良く、プライベートでも飲みにいく仲らしい。
その時に、変態が会社を辞めるつもりであることを聞いた。
寂しいなぁと思った。
別に会社にいるからと言って、
一緒に何かをするわけではないし、
お昼ご飯を一緒に食べることだってサバの味噌煮の一回だけだったけど、
なんだか、いなくなってしまうのは寂しいなと思っていた。


  辞めるとか辞めないとか、
人事に関わる話はあまり人と話すものではないと思っていたので、
彼のその話について自分からは何も言わないようにしていた。
私の周りの若い社員たちは、
誰々はもうすぐ辞めるらしいとか、
あの女性社員も転職活動しているらしいとか、
はたまた他部署の部長ももうすぐフェードアウトするだろうなどと、
割とそういう話をしていた。
人のことなんてどうでも良かったけど、
その先輩が辞めるか辞めないかは気になっていたので、
例えばエレベーターの中とか、
帰りの電車でたまにその先輩と2人になると、
私はその先輩に
「そろそろ辞めちゃうんですか。」
とか、
「本当に辞めるんですか。」
などと聞いたりしていた。


  上司に迎合しないところや、淡々とした振る舞い、
会社の人とは一線をひいているところや、
なんとなく、いつも親近感を抱いていたのだと思う。
シュールなところも好きだった。


  三月末には辞めたいなぁなんて言っていたけど、
どうなんだろう、なんて一月末頃から思っていた。


  私が会社を退職することになり、
退職の前日に課長からチームのメンバー全員に
「急な話ですが、吉田さんが明日で退職します。」
と発表したあと、
デスクで仕事をしていたら、変態の先輩から電話がかかってきた。
山形に出張に行っていたのだ。
いつものように電話で話し、彼の上司に電話をつないだ後、
いつ辞めるんですか、本当に辞めるんですか、なんて聞いていたけど、
私の方が先に辞めることになったなぁと思った。
でも私はなぜか、自分からその先輩に
「退職します。」
と、言うことができなかった。

退職

  朝、上司を呼び出して、退職の意思を伝えた。
どこから話していいのかわからなかったが、ありのままを話した。
「私はずっと文芸の世界に憧れてきて、
 学生時代も出版社を中心に就職活動をしてきました。
 大学4年生の9月、10月まで、
 小さな出版社にも応募したりしてきて、それでもだめで、
 家の事情もあってこの会社に応募し、入社させてもらいました。
 ここで何年も働くと覚悟して入社しましたが、
 もうすぐ一年が経とうとしている今、
 やっぱりどうしても自分の好きだったことを諦めきれず、
 どんな形でもいいから一度でいいから出版社に入ってみたい、
 という想いになりました。
 そこで、勝手な話ではありますが、
 退職させてもらえないでしょうか。
 そのお願いをしたくて、今日はお話させてもらいました。」
確か、こんなようなことを言ったと思う。
その場で、思いつくままを滔々と話したので、詳細は思い出せない。
次が決まっていることも話した。
「差し支えなければ、次の仕事の詳細も教えて」
上司は言った。
時給、勤務時間、週に何日働くのか、どんな仕事内容なのか、
私は全て正直に話した。
「私は今まで吉田さんの家庭の事情も少し聴いていて、
 今は会社としての立場ではなく、あなたより長く生きてきた立場として
 率直に言うけど、
 それで、大丈夫?生活していけそうなの?
 よく考えた?」
上司は言った。
「はい、考えました。
 次の会社の面接でも同じことを聞かれました。
 今の仕事を続けていれば昇級もあるしボーナスもある。
 仕事を辞めればそれが全てなくなってしまい、
 お給料も減るけれどそれについてはどう考えているのか、と。
 その時に答えたことと同じことになるのですが、
 私は、時給と勤務時間から、だいたい自分が手取りでいくらいただけそうか計算して、
 その上でどう自分が生活していくかも考えました。
 確かに辛いです。
 でも、それでもいいから、どうしても出版社に身を置いてみたいんです。」
私は言った。


  そこからは、驚くほど話が早く進んだ。
直属の上司は、
「引き継ぎなどもあるので今月一杯はこの会社で働くつもりでいてください。」
と言って、
私もそのつもりで面接でも次の会社の人にはすぐには働けない旨を伝えてある、
なんて話をしていたのだが、
夜、上司に呼び出され、
「部長と社長に吉田さんの今回の話を伝えた結果、
 今週一杯ということになりました。」
と、伝えられた。
なんだか拍子抜けした。
その後、部長が後からその部屋へやってきて、
今回の私の身勝手な行動について部長がしばらく話を続けた。
15分くらい、話を聞いていただろうか。
おっしゃることの内容は正しいが、辛い15分だった。


  念願かなって自分の進みたい道へ進めることの清々しさはどこへやら、
私は反省や悲しさ、みじめさなどを感じながら、
かつて就職が決まった時のように、また、退職についても岸野さんに報告に行った。
岸野さんはただ黙って話を聞いていた。
一時間ほど前に部長の話を聞いていたときの重苦しさが私の中にまだありありと残っていて、
言われたことを全て岸野さんに話した。
岸野さんは慰めもしないし、部長に同調するわけでもないし、
やっぱり、岸野さんだった。
だからこそ、私はつい、この人に話をしたくなるのだろうと思った。
私は慰めてほしかったのではない。
ただ、聞いてもらえればそれで良かった。
会社に大変な迷惑をかけていることは、自分でもよくわかっていたからだ。
わかっていたからこそ、部長の言葉が辛かったのだ。
「最近、コンビニでワインの裏とかを見るたびに、
 彩乃の会社の名前をよく見るようになってきたなぁと思っていたのに。」
と、岸野さんは独り言のように言った。
もう何ヶ月も連絡をとっていなかったのに、
そんな風に気にかけてくれていたのかと想い、
私は岸野さんと別れて1人で歩き出した後、涙が出そうになった。


  仕事帰りに1人で行くことが多かったお店へ行き、
今週で退職することになったと店長に伝えた。
私が1人で営業に出るようになって初めて担当した70軒のうちの1軒で、
初めてワインを買ってもらえたのも、このお店だった。
「今までお世話になり、ありがとうございました。」
と私が言うと、
「まぁこれからも飲みにおいでよ。」
と店長は言ってくれた。
次はどうするのか、と聞かれ、
出版社で雑用の仕事をするようになるのだと話した。
店長の目を盗んでお店の人たちがどんどんビールをついでくれたので、
今までにないくらいお酒を飲んだ。
最後、いきなりお店の照明が暗くなったかと思ったら、
海援隊の「贈る言葉」が流れて、ケーキが運ばれてきた。
「おつかれさま」
と、お店の人たちに言われ、私はまたしても涙をこらえながら、
もらったケーキを食べた。  
たいした期間働いた訳でもなく、仕事の成果という成果もなかったが、
この人たちが今して私にしてくれていることが、
自分の仕事の成果なのだと思った。

歳月


  先日、久しぶりに大学に行った。
かつて、狂ったようにネコの写真を撮り続けていた場所へ行くと、
木が切り取られ、ネコの小屋は整備され、
なんとなく無機質で、人もネコも寄せ付けないような風景になっていた。
かつて私がこの写真を撮ったこの風景は、
もう、この世のどこにもないのだ。
そう思ったら、なんだかとても、寂しかった。


  いつも座っていたベンチにも座った。
そこは何も変わっていなかったけれど、
そこはもうすでに他人の場所で、
私はそこでくつろぐことはできるけれど、
くつろいだ後は、大学とは別の自分の日常に帰って行く。
もう大学での時間は自分の日常ではなくなったのだと実感した。
当たり前のことだけど、寂しかった。


  当時から自覚していたが、
私は、大学生である時間を愛していた。
こんなにも自由で愛おしい時間はないと当時から思っていた。
気ままに図書館で本を読むこと、
ベンチでぼんやり音楽を聴くこと、
授業だって、全てではないが好きだった。
写真も良く撮った。
春の風景、秋の紅葉。


  大学時代、友達はほとんどいなくて、
今でも連絡を取り続けているのはたったの1人。
同じゼミにいた割と仲の良かった友達は皆、地方の実家に戻っていった。
いつも1人だったのに、私はなぜ、あんなに日々に満足していたのだろう。

労をねぎらう


  気が付けばあっという間に2月。
「吉田さんも、もうすぐ1年ね。」
なんて言われることが増えた今日このごろ。


  ぼんやりしていると時間ばかりがどんどんどんどん流れて行く。
どんどん私にも仕事が引き継がれ、
自分の身に降り掛かる出来事に、私はまだついていけてない。
アルバイトをしていたあの珈琲会社は個人の成長に合わせて
仕事もステップアップさせてくれたものだが、
私の会社は違う。
会社の都合に合わせて、どんどん次の仕事を任される。
私の気分としては、
魚をさばくことすらできないのに、
いきなりフグを一匹渡されて刺身にしろと言われているような気分である。
どこから手をつけていいのか、はたまた猛毒の内蔵はどうやって取り除くのか、
それすらもわからず途方に暮れているうち、
目の前のフグが刻一刻と鮮度を失い焦っている、そんな感じだ。今の私は。

  
  この商品もっと安くしてください、と言われ、
コストやら何やらを計算してどこまで利益を削っていいか上司に相談して、
それから社内稟議をまわして問屋に見積もりを出す。
  上司に話をもっていくときにはその商品の在庫数を調べ、
その商品が全社で月にどれくらいの数量で推移しているかも調べ、
輸入のオーダーがかかっているかも調べる。
その次に、自分が担当している問屋は現在月にどれくらいそれを買っていて、
値段を変えることでどれくらいの数字の変化が見込めるかも考える。
  

  全社の推移やら、自分の問屋の推移を調べるためには、
エクセルを使う。
会社のデータがプログラミングされているから、
パスワードを入力してデータを出力するのだけど、
それについても教わったことがあまりないので、隣の人に聞きながら作業する。


  そう言う一つ一つの何でもない作業を、
今まで隣の人や、時間に余裕のありそうな先輩を選びながら教わってきた。
どういう場面で何をするべきか、
営業ってどんな仕事をするのか、
そういう基本になることをきちんと教わる機会というのは、
会社は設けていないので自分から創らない限りずっとやってこない。
さっき私は、今の自分に求められている仕事の高度さをフグの調理で例えたけど、
私の会社は、
泳ぎ方もわからないのにいきなり沖で船から海へ放り投げられ、
もがいているうちに泳ぎ方を覚えていくような、
そういうサバイバル的なやり方をしているのである。
溺れてしまう人はそれまで。誰も助けてはくれない。


  私は今そういう状況の中で働いているから、
これから先、どんな会社でも働いていけるだろうという自信がある。
電話の取り方に始まり、クレーム対応や、欠品のお詫びや、
そういう高度なことに至るまで、
全部自分で考えて行動してきたことを考えると、
私は自分の労をねぎらわずにはいられない。
良くここまで自分の力で頑張ってきた、と。
クレーム対応や欠品のお詫びなんて、
どうするべきか会社では教えてくれなくて、
ただお客さんの所へ行くよう言われるだけだったから、
アルバイトの時に教わったことなどを思い出しながら行動してきた。


  これは会社の愚痴をこぼしているのではなくて、
自分の労をねぎらうための文章なのだ。
そして、何ができるようになったか、自分で一つ一つ確認をしているのだ。


  

川上未映子さん

  私は川上未映子さんの文章を素直に読むことができない。
嫉妬が邪魔をするのだ。


  口語のようでありながら、そこはかとなくする文語体の匂い。
滝沢馬琴泉鏡花を彷彿させる流れるような美しい文章。
独特の世界観はまさに私が目指すものに限りなく近い。
私は彼女の文章が羨ましくってしょうがなくて、
彼女に嫉妬せずにはいられないから、素直に彼女の文章を読むことができない。
それと同時に、
あぁ先を越されてしまった!なんて、自分には実現の予定もないのに、
そんな気分にもなる。


  しかも彼女は文章が上手いだけではなくて美人だ。
映画にも出ていたけど、
その時の彼女と言ったら女の私も目を奪われるくらい色っぽかった。
その上しっとりとした関西弁がまた憎い。


  この間も某週刊誌で彼女のコラムを読んで、
それがあまりにも面白くて、嫉妬した。

仕事

  久しぶりに真面目に文章を書いていた。
とある募集に応募するためだ。
「私の好きな人」という課題だったのだけど、
文字数は700〜800字と限られていて、とても苦労した。
さんざん悩んで、あれこれ下書きして、何度も練り直して、
それでも満足に仕上げることができなかった。


  その間に仕事では様々なことがあった。
文章を書くということはとても集中力のいる作業で、
できれば一日中そのことだけを考えて、いつも紙に向かっていたいのだけど、
働いているとそうもいかない。
欠品した商品のこと、今月の販売戦略、お客様から頼まれたメニューなどなど、
それら諸々のことに心を割かなければならない。


  百年に一度の不況、なんて言葉が登場したのはもう一昨年のこと。
就職率は依然低いまま、最近また過去最低記録を更新したらしい。
とは言っても人手を必要としている中小企業は数多くあって、
最近では、大学生による企業のえり好みが問題になっているとか。
ニートという言葉を最近ではあまり聞かなくなったけれど、
この言葉が流行った頃も、
やはり、若者の自意識が問題になっていた。
自分にはもっと能力があってそれを生かせる場所があるはず、
自分にはもっといい環境があるはず。
そんな、根拠もない自信をもとに会社を辞めて、
結局職につかないでいる若者も多かったと言う。
私が高校生の時のことだった。
安定だとか、給料だとか、大学生はもっともそうなことを言って
大手企業ばかりを志望しているけれど、
結局は、
ブランド志向が強いのだと思う。
思い返せば私だってそうだった。
中小企業を見くびっていたものだから、
大学四年生の五月に面接に行った印刷会社でも、
「やっぱり小さい会社には非常識な社員が多い。」
なんて思って、面接で半ば喧嘩して帰ってきた。
案の定落ちた。
でも、面接の場であんな非常識なことを聞く会社なんて
こちらから願い下げだ、と、今でも思っている。


  私には目標がある。
そのために今  自分は何をすべきかということも、
最近やっと考えられるようになった。


  この間、客先に向かうために池袋の横断歩道を渡っていたら、
車にひかれそうになった。
青信号なのに!と思って車を見ると、シルバーマークがついていて、
よぼよぼした人が運転をしていた。
危なかった!と思うと同時に、
今のままじゃあ私は悔しくて死んでも死にきれない、
まだまだやり残したことが沢山あると思った。