下町のナポレオン


  つかっちゃんと思う存分お酒を呑み、
そのまま家に泊めてもらった翌朝、
7時頃に目が覚めた途端に、どうしても家に帰りたくなった。
つかっちゃんはまだ眠っていた。
前の晩に使った食器を片付け、布団をたたみ、少しだけ髪と顔を整えて、
部屋を出ようとしたその瞬間、
キッチンに置かれた、焼酎のボトルが目に入った。
いいちこ」という商品名の横に「下町のナポレオン」と書かれていることに、
初めて気が付いた。
それは今までにコンビニや居酒屋や、
様々な場所で何度も目にしてきたあの「いいちこ」のボトルなのだけど、
「下町のナポレオン」というコピーを、今までじっくり読んだことはなかった。
あぁ、劇団ひとりの「都会のナポレオン」っていうDVDは、
これの真似だったんだな。
寝ぼけた頭で考えながら、1つ賢くなった気がした。


  つかっちゃんの部屋を出ると、
通りの向うで、川を眺めながら煙草を吸っている男の人が見えた。
清々しい朝の空気の中で、真白な煙草の煙が穏やかに空にのぼっていき、
それが、朝日を受けてきらきらと光っていた。
川の水もまた、朝日を受けてきらきらと光っていて、
男性は、何とも美味しそうに煙草を吸っていた。


  彼女が中野に越してから部屋を訪れたのは初めてで、
前の夜に酔っぱらいながら歩いた道を1つ1つ丁寧に思い出しながら、
駅まで歩いた。
不思議と迷わなかった。
街路樹の立ち並ぶ通り道に差し掛かる頃、
小学生の頃によく嗅いでいた、懐かしい匂いがした。
密度の濃い、あの、何とも言えない匂い。
何気なく感じていたが、
雨上がりの朝に必ずしていたこの匂いは、そうか、土の匂いだったのか、
と思った。


  間違いなく二日酔いになる、というくらいお酒を飲んだのに、
清々しい朝の空気のおかげで気分が良かった。
くるりの「Birthday」を急に聞きたくなって、
i podを聞き鼻歌を歌いながら、中野の駅へ向かった。