ガラ刷り

「これは、内折って言うんだよ。
 週刊誌は、内側からできていくのね。 
 それで、これが、5折で、これが、4折。
 5折と4折をこう重ねると、
 ほら、このページとこのページがつながって、
 読めるようになるでしょ。
 雑誌は、こうやってできていくんだよ。」


  突然、後ろの席の人が教えてくれた。
まだ雑誌として閉じられる前のただ記事が印刷されただけの状態の紙が、
発売日より前に編集部に届く。
それをガラ刷りと呼ぶのだけど、
内側から順番に刷られていって、毎日、できた順に届けられる。
彼は、そのガラ刷りを2種類  手に持ちながら、
それを更に内折や5折などと呼ぶことを教えてくれたのだ。


  彼に教えられながら、
私の分の5折と4折を合わせてみたら、
文章の途中で切れてしまっていた連載小説が、つながった。
「本当だ。
 こうやって、つながるんですね。」
私は思わず、子供みたいに興奮してしまった。


  それからしばらく、
なぜ、働き始めてから2ヶ月も経った今日になって
彼が唐突にそんなことを教えてくれたのか考えていた。
何の前触れもなく、突然、彼は私に内折の説明を始めたのだ。
私が彼に聞いた訳でもないし、
彼も別に、私に教える必要はない。


「ワインに、詳しいんだって?」
今までそんなに話したことがなかったのに、
彼は今日、そんなことまで聞いてきた。
「ソムリエになる一歩前までいっていたらしいじゃん。」
彼は続けた。
誰かから、私が前にワインに関係ある仕事をしていたことを聞いたのだろう。
「それは、完全に噂が膨らんでますね。
 そんなに詳しくなる前に仕事辞めちゃったし、
 ソムリエにはまだまだでした。」
と、私は思わず笑ってしまった。


  正社員を辞めて、わざわざ雑用の仕事をしにきていることで、
私は少し変わり者だと思われている。
率直にそう言ってくる人はいないけれど、
「前のお仕事はどんな仕事だったんですか?」
などと、少し興味を持った感じで聞かれることは、たまにある。
だから、
何かしらのことを私の知らない所で言っている人がいるのだろうとも思うけど、
でも皆、わざわざ私のことであれやこれや盛り上がるほど
私に興味がないのもわかっているので、
私はあまり気にしていない。


  それでも、
何で今日になって後ろの席の彼がそんなことを言ってきたのだろうと、
少し気になってしばらく考えていた。
あれこれ考えをめぐらせていくうちに、
この間、社員食堂でデザイナーの男性と話したことを思い出した。
前の仕事はどんなだったのかとか、
どうして編集部で働こうかと思ったのかとか、
そういえば彼に話したなぁと。
デザイナーの男性と、私の後ろの席の彼は割と仲がいいようだから、
きっと、デザイナーの人から話を聞いたのだろう。
いつか出版社できちんと働きたいから、
だからアルバイトでもいいから編集部にきたのだ、
と私が話したことも聞いたのだろう。
だから彼は、私に急に、内折の説明をしてくれたのかもしれない。


  いつか出版社で働く日のために
週刊誌の編集部にアルバイトとしてやってきたことは、
実は私は社内では誰にも言っていなかった。
何だか恥ずかしかったのだ。
どうしてデザイナーの人には包み隠さず話したのかというと、
彼はいつも違う部屋で働いていて、
仕事の内容上、毎日会社に来ている訳でもないから、
だからなんとなく話しやすかったのだ。
ただそれだけだった。


  ちなみに私の後ろの席の彼は、歳ももう四十くらいのベテランで、
進行という仕事をしている。
結婚はしていなくて、格好はラフで、リリー・フランキーのようだと私は思っている。
顔が似ているというわけではなく、存在そのものが。
進行という仕事は、
雑誌全体のページの割り振りや、行数の設定などをするようだ。
たまに彼のパソコンを覗くと、そんな仕事をしているのが見える。


  これから彼にいろんなことを聞けば、
彼はきっと親切に色々教えてくれるだろう。
ただ漫然とトナーを替えていたり、コピー用紙を補充していたって、意味がない。
自分が何をしたいのか、それをもっと人に話して、
もっと広げていこうと思った。