すあまと、神田川

  毎年この時期になると思い出す。
大学に入学した年、当時とても好きだった人と桜が満開の神田川沿いを歩いた。
桜の下を歩くのが、とても絵になるような人だった。
少し色気のある、美しい人だった。
ふと通りがかった和菓子屋のショーケースにすあまが並んでいて、
私は彼に、
「すあまってどんな食べ物なの?」
と、聞いた。
確か、ちょうどその頃読んでいた小説に、すあまが出てきたのだ。
「え、すあまを、知らないの?」
「知らない。
 大福とか、ああいうのと、どう違うの?」
「すあまは、ぎゅうひで作っていて、あんこが入ってないんだよ。
 すあま、食べたことないの?」
「ない。」
「うちは、親が好きなんだよね。すあま。」


  3月31日だった。
大学の入学オリエンテーションの帰りで、
彼は私の学科のオリエンテーションが終わるのを待ってくれていて、
その後2人で、神田川の桜を眺めながら散歩した。
彼は予備校で知り合った人で、
本当は、違う大学の法学部に行きたがっていた。
私は、入りたかった大学には入れたのだけど、
本当は文学部に行きたかった。
入試の結果が全部出た後、彼から
「早稲田の教育学部に行くことになりました。」
と、連絡がきた。
驚いた。
私も、早稲田の教育学部に決まった所だったからだ。
そうして、一緒にオリエンテーションに行くことになった。


  彼と知り合ったのは夏期講習の時期だった。
本当はそれより前から私は彼を知っていたのだけど、
話すようになったのは、夏だった。
同じ授業を受けていた時、休んだ日の分のノートをうつさせてもらったのだ。
それから、話すようになった。
初めて一緒に帰った日のことをよく覚えている。
台風が過ぎた後の、ちょっとじめじめした空気の日で、
交差点で信号待ちをしていたら、
反対側で信号待ちをしていた男の子が虹色の傘を閉じたり開いたりしていた。
雨はやんでいた。
だからこそ、傘がひとつだけ、ぽつんとよく目立ったのだ。
虹色の可愛らしい傘が、花が咲くようにぽっと開いたり、閉じたり、
私は、隣にいる彼よりもそのことに気を取られてしまった。


  夏の終わり頃に一緒に上野に行き、
秋の初め頃からは、毎週金曜日に明治神宮を散歩するようになった。
明治神宮イチョウが紅葉を迎える頃、
私は彼の隣を歩きながら、いつも同じことを考えていた。
彼はいつかきっと、私のことを、
人生の中のほんの短い時間となりにいた人として思い出すだけになるのだろう、と。
いつも私は、
大学に入ったら彼とはもう会わなくなるのだろうとぼんやり思っていた。
私は彼が好きだった。
本当に、好きだった。
だけどなぜか、予備校にいる間だけの人、そんな気がしてならなかった。
彼にはきっと、私とは違う、他の付き合うべき人がいて、
今は予備校と言う閉塞的な空間にいるから私と暇つぶしをしているけれど、
大学に入って開放されたら私からどんどん離れていくのだろうと思っていた。


  大学に入ったら、彼は本当に段々遠くなっていって、
寂しかったのだけど、私は彼を諦めた。
すあまの話をした日が、彼との最後の、思い出らしい思い出になった。


  そんなことを、毎年、この時期になると思い出す。