その後のこと

  前の会社に、1人だけ同い年の女性がいた。
彼女は私より社歴が1年長かったので社内では敬語を使って話していたが、
会社の外では友達として話すことが多かった。
私の退職をたいへん寂しがってくれて、
退職してまだ一週間ほどなのに何度もメールや電話をくれた。


  ゆっくり電話がしたい、などと言ってくれたものだから、
休みの今日、メールを送ってみた。
すぐに返事が来たら電話でもしてみようと思っていたら、
先に向うから電話がかかってきた。
水曜の14時半頃というときっとヒマなのだろうという読みが、
あたったようだった。


  会社の人と四人で集まって、ヒマを持て余していたらしい。
隣に、誰々と誰々がいる、と、説明してくれた。
電話を順々にまわしてくれて、
みなさんと話をした。
そのうちの1人は、
昨年十月に私に取引先を引き継いだ関係で話すことも多かった男性で、
私が担当していた先のその後のことを話してくれた。
「吉田さんが抜けた穴は、吉田さんが思っていたより大きかったですよ。」
なんて言われて、少しいい気分になった。
あの人が寂しがってる、とか、
あの人もショックを受けていた、などと言われて、
「なんだ、私、割と好かれていたんだ」とちょっと得意になってしまった。
「皆、失って初めて私のことが大切になったか」なんて少し自意識過剰になってもみた。
私が担当していた取引先が、
いま誰に引き継がれているのかなどという話も聞きつつ、
これから退職するのではないかと噂されている人の話や、
新任の部長の話なども聞いた。
人の出入りが激しい会社だとは思っていたが、本当に多すぎる。


「で、いつ、戻ってくるんです?」
と、笑いながら言われて、
「戻らないですよ」
と、私も笑って返した。


  電話をした後、郵便受けを確認したら前の会社から給与明細が郵送されてきていた。
何だか不思議な気持ちになった。
きっと、そういう日だったのだ。
  

  会社のデスクで、たった一度だけ写真を撮ったことがある。
私のデスクに座って、毎日何気なく眺めていた風景だ。


  懐かしいと言うよりは、長い夢でも見ていたかのような気分だ。
思い出と言う思い出も作らないまま、
わずか十ヶ月であっという間に辞めてしまったせいだろうか。
営業先で話したこと、東京中を歩き回ったこと、
全てが、現実のことだったという気がしなくなってしまった。
確かに私はあの時間を生き、
現実に存在する人たちと話をしていたというのに、
今になってみるとまるで実感がわかない。
あれは本当に現実の出来事だったのだろうか、などと、
首を傾げてしまうような気分になるのだ。


  だけど、この写真だけは、なぜか私を、少し懐かしい気持ちにさせる。
確かにここに、私の日常があったということ。
それを唯一実感させてくれるのが、この写真なのだ。