早稲田

  電車の中で、大切そうに早稲田の受験票を握りしめた男の子を見かけた。
ふと気付いて社内を見回してみると、
皆、早稲田の赤本を持ったり、英単語帳を真剣に読み込んでいたり、
受験生ばかりで、
あぁそうか、今日は早稲田の試験日なのだと思った。
かつては私も、あの中の1人だったのだ。


  前の会社では、
「早稲田を出ていてなんで  この会社なの」
と、よく言われた。
同じ会社の人からも、取引先からも。
「早稲田なのに、もったいない。」
就職氷河期だからね。」
などと、言われたものだった。


  会社を辞めて、今度は正社員と言う肩書きを捨てたとなると、
「早稲田なら別の会社で正社員をやっていた方がいいだろう」
とか、
「就職したくなかったのか」
などと、何人かに言われた。
ただ、正社員だろうとアルバイトだろうと、
なんでもいいからこの業界に身を置いていたいという人が少なくない世界なので、
おかげさまで、私もそのうちの1人として会社に受け入れられている。
確かにそうだし、言わずともそのように解釈してもらえるのは、楽だ。


  大事そうに早稲田の受験票を眺めている受験生を見ながら、
予備校に通い、早稲田に通った末、
早稲田なのにと言われながら過ごしている自分について考え、
早稲田ってなんなんだろうと思った。
みんな、なんのために早稲田に入るのだろう。


  そういえば予備校に通っていた頃、
「彩乃ちゃんだってもっと頭が良ければ東大受けたいでしょ。」
と、言われたことがある。
私は、自分の頭が良かろうと悪かろうと早稲田に入りたくて、
自分の頭がもっと良かったならもっと楽に早稲田に入れるだろうに、
なんて思っていたものだった。
彼女にそう言われたとき、カルチャーショックだったと同時に、
そんなこと言うんならもっと勉強頑張って東大狙えばいいじゃん、と思った。


  みんな、例えばブランドもののバックを持つみたいに、
早稲田と言う名前が欲しくて早稲田に入るのだとしたら、
それって何だかなぁと思った。
少なくとも私は、早稲田と言う名前が欲しくて早稲田に入ったのではない。
早稲田の中にあるものに魅力を感じて、
早稲田にしかないものや、早稲田だから集められる膨大な資料、
贅沢な授業、そういうものを満喫して卒業した。
それらを噛み締めることなく、
ただ早稲田卒業の学歴を得ることだけに満足している人たちが世の中の大半なのだとしたら、
それなら私は変わり者扱いされて結構、
自分はみんなとは違う人種でありたいと思うようになった。