ホワイトバレンタイン

  会社を出る頃には雪が降り始めていて、
電車に乗っている頃には雪が大粒になり、地面には少しずつ雪が積もり始めていた。
今日はバレンタイン。
私にとっては出版社への初めての出勤日だった。
去年珈琲屋のアルバイトを辞めたのはホワイトデーのことで、
バレンタインやホワイトデーなど、
大切な日がたまたまそういうイベントの日と重なることが多いなぁと思った。


  仕事のことなどが一段落すると、
次に考えるのは恋愛についてのことで、
最近つくづく、寂しいなぁと感じている。


  というのも、
25歳の間に、周りが見えなくなるくらい夢中になる恋愛をする、
というのが夢だからだ。
私の好きな小説の一つに太宰治の『ダス・ゲマイネ』という作品がある。
その小説は、こんな書き出しで始まる。
「恋をしたのだ。そんなことは、全くはじめてであった。
 <中略>いわば手放しで、節度のない恋をした。
 好きなのだから仕様がないというしわがれたつぶやきが、私の思想の全部であった。
 二十五歳。私はいま生れた。生きている。生き、切る。私はほんとうだ。
 好きなのだから仕様がない。」
単純なのだけど、ただそれだけで、私は、
自分も25歳の間にこんな恋愛をしたいと思ったのだ。


  仕事に関しては、
編集部と言う環境が私には物珍しく、きょろきょろしているうちに1日が終わった。
出社して一番驚いたのは、
ある名物編集者が私の配属先の編集部にいて、
しかも私のすぐ後ろの席だったことだ。
社内全部所の庶務の人たちに挨拶にまわったり、
まぁ諸々のことをしているうちに、あっという間に時間が経っていた。
物腰の柔らかいいい人ばかりで、あぁこれが社風なのだろうなと思った。


  とにかく私は、嬉しくて嬉しくてしょうがないのだ。
ずっと憧れていた所に念願かなって、入り込めたのだから。
それがたとえどんな形であれ、
願った仕事内容でないとしても、その環境にいるだけで満足なのだ。