「鳥よりも高く飛べ」

  荒木経惟の写真集で『空事』という作品がある。
  

  どういうふうに読むのだろう。
買った時から、思っていたことだった。


  その写真集を見つけたのは、確かセンター試験の直前の頃だった。
19歳の冬、渋谷のツタヤで偶然、見つけた。
出版されてから1年も経っていなかったその写真集を、私は、勢いで買った。
勢いで写真集を買えるほど、お金に余裕はなかった。
しかし、どうしても買わなくてはいけないような気がして、買った。


  『センチメンタルな旅 冬の旅』を彷彿させる写真集で、
写真も好きだったが、
巻末に載せられていた文章も好きだった。


  勉強、勉強、勉強、の毎日だった。
勉強していないと落ち着かない、なんて感覚は人生で初めてだった。
私は人が変わったようになっていた。
少し無機質になりかけた心に潤いを与えてくれたのが、『空事』だった。
運命的な出会いだったと言っても、過言ではない。


  23歳の春、
私は、あの頃何度も何度も読み返した『空事』を創った人と会った。
「あの写真集は、なんて読むのですか?
 そらごと、ですか、それとも、くうじ、ですか?」
聴くと、その人は
「どちらでもいいんだよ。」
と、答えた。それから、
「荒木さんは、絵空事(えそらごと)って言葉とかけて、そらごと、
 と呼ぶこともあるけど、
 特に決めてはいないね。」
と、付け加えた。


  その人に、写真集にサインをしてもらった。
「鳥よりも高く飛べ」
そんな言葉を添えてくれた。


  最近、荒木経惟の特集をしていた雑誌を買った。
日々の忙しさに追われ
買ったことを忘れて読んでさえいなかったのだけど、
今日やっと、少しだけ読んだ。
ふと、「鳥よりも高く飛べ」という言葉を思い出した。


  飛べるのであれば、今すぐにでも羽ばたきたい。
昔は、何か沸々と自分の中に沸き上がってくる物があっても、
どこにどう力を入れれば、それを外に放出できるのかがわからなかった。
だからいつも消化不良のような気持ち悪さを抱えていたけど、
今は違う。
自分の中に沸々と沸き上がってくる得体の知れない何かを外に生み出すために、
今、自分が何をしたらいいのかがはっきりと見える。
感情を持ち、思考することができ、あらゆる状況で取捨選択ができる点において、
私はきっと、鳥よりも自由だ。
今はただ、飛ぼうとしていないだけなのだと思う。