忘年会の帰り道

  忘年会の帰り道、ふと空を見上げたら、満天の星空が広がっていた。
空気が澄んで、普段なかなか見えない星まできれいに見えた。
祖父がまだ生きていた頃のことをふと思い出した。
私が今住んでいる家は、
当時祖父母が住んでいた団地から徒歩5分くらいの場所にある。
祖母の様子が見れるようにと、母はわざわざこの場所を選んだのだ。


  小学校五年生の頃、星を観るのが好きだった。
クラスに星座に詳しい女の子がいて、
その子にいろいろと教わりながら、自分でも本を読んで星座を覚えた。
当時私は世田谷区に住んでいた。
母の運転する車で玉川を渡って、川崎市の祖父母の家まで来ていた。
祖父が病気だったこともあり、
土曜日はほぼ必ず、祖父母の家に来ていた。


  私は祖父母の家が苦手だった。
薄暗い団地で、
住んでいる人たちにもどこか陰気な雰囲気が流れていた。
所得の少ない人しか入居できない団地だったせいだろう。
しかし当時の私はそんな事情などは全く知らず、
ただ、その団地全体を覆う陰鬱な雰囲気に嫌悪感を抱いているだけだった。
夜になると真っ暗で、辺りは静まり返り、
団地の階段の小さな裸電球には蛾や虫がたかっていた。
幼い頃からずっと、私は、祖父母の家に訪れるのが嫌いだった。


  団地は高台の上にあった。
星座を眺める楽しさを覚えた小学校五年生の頃、
祖父母の家を出てふと空を見上げた時、
あまりにも沢山の星がきれいに、しかも間近に見えてすっかり心を奪われた。
あぁ、北斗七星の柄杓がこんなにもくっきり、大きく見える!
冬の大三角が、いつもよりも大きく感じる!
オリオン座は本当にリボンのような形をしている!
本の中でしか見ていなかった物を、
まるでプラネタリウムで観るかのように見渡すことができて、
私はすっかり感動してしまった。
それは団地の周りが真っ暗だったのと、高台の上にあったおかげだ。


  あれから13年以上経った。
祖父母の住んでいた団地の近く、今の家に引っ越して来たのは11年前のことだ。
私たちが引っ越してくる前に祖父は亡くなり、
それから祖母は団地に1人で住んでいたのだけど、
痴呆が進んで5年ほど前に施設に入った。
団地にはもう祖父も祖母もいないけど、
私たち家族は今も、あの団地から徒歩5分くらいの場所に住んでいる。
きっともう10年近く、私は、あの日のことを忘れていた。
忘年会の帰り道、家まであと数メートルという場所でふと空を見上げた瞬間、
わずか11歳足らずだったあの日の感動が鮮明に蘇って来た。
忘れていたはずなのに、
信じられないほどリアルに心の中に蘇って来て胸が苦しくなった。
あの頃とほぼ同じ場所で、私は今、同じような空を眺めている。
そう思いながら、
まだ祖父の生きていた頃や、自分のこれまでのことを思い返してしまったりして、
またしても、涙が出そうになった。
最近、すっかりセンチメンタルになっていてよくない。
何かにつけて涙を浮かべてしまう。