死のうと思っていた。ことしの正月、よそから着物を一反もらった。
     お年玉としてである。着物の布地は麻であった。
     鼠色のこまかい縞目が織りこめられていた。これは夏に着る着物であろう。
     夏まで生きていようと思った。
                    (太宰治『葉』)


  仕事を辞めてしまおうと思っていた。
早く次を見つけようなんて思って、履歴書も送っていた。
話が決まれば、年内で辞めたいとさえ思っていた。
そんな矢先、お世話になっているお店の店長さんから言われた。
「吉田ちゃんにいいこと教えてあげるよ。
 うちの社長が、年明けに3店舗でワインをそろえてグラス売り展開したいんだって。
 それで、じゃあ吉田ちゃんの会社のワインで、って言っておいたから、
 今度社長に売り込みに行ってきなよ。」
と。


  言われて社長の所へ行くと、
「もう、誰かから話は聞いてる?」
と、言われた。
「はい。
 年明けにワインを探されているとか。」
「そうそう。」


  そういうわけで、2月に向けて商談をすすめていくことになった。
あぁこの人たちに申し訳ないから2月までは辞められないなと思った。
その時ふと、
高校生の時に読んだ太宰治の『葉』という作品の一節を思い出した。
あぁ、きっとこういうことなんだろうな、と思った。
私は死のうと思っていたわけではないけれど、
人からの厚意によって自分で定めた期限が延長された点で、共感した。


  物語や文章というのはあくまでも二次元の出来事で、生身の生活とは違う。
だけど、日常生活のある体験の中で
ふと過去に読んだ文章を思い出しそれが自分の実体験とつながった時、
その文章には息が吹き込まれ、その文章は自分のものになる。