パブリックシアターと、サイモン・マクバーニー

  世田谷パブリックシアターに「春琴」を観に行った。
サイモン・マクバーニーという演出家が、
谷崎潤一郎の『陰翳礼賛』に描かれる美の世界をモチーフにしながら
春琴抄』をオリジナル化した舞台で、
それはもう美しかった。
日本古来の、マイナスの美が舞台に現れていた。
マイナスの美というのは、
余分な物を限界まで削ぎ落としていって、
最低限の物だけで表現していくことだけど、
私が一番感動したのは、
木の棒だけを使って大木が風に揺れている表現をしていたことだ。
6人くらいの黒子が、細長い角棒を1人1本ずつ持って縦一列にならんで、
棒を横にかざしながらランダムに柔らかく動かし、
木の枝が風になびく様子表現していた。


  久しぶりに鳥肌の立つ芝居を観た。
作品の内容や役者の演技だけでなく、演出に感動したのは初めてだ。
またこの演出家の芝居を観に行きたいと思った。


  思い返してみれば初めて観た芝居も、
サイモン・マクバーニーの演出によるものだった。
場所も同じ、世田谷パブリックシアターで、
エレファント・バニッシュ」を観た。


  ジャッキーに誘われて、観に行ったのだ。
2階か、3階の席で、舞台上手がわの席だったのを覚えている。
後にジャッキーがアメリカに留学して、
留学先からの手紙に舞台を観に行った日のことが書いてあった。
劇場内の静けさ、空気、隣に私がいた感覚を鮮明に覚えていて、
今でもよくそれを思い返す、と。


  あれから7年も経って、
私は1人でまた上手がわの席に座って、
あの日のことを思い出してみたら、思わず涙が込み上げた。
懐かしいのか、悲しいのか、どうして涙なんて出たのかわからなかった。
芝居なんてもの観たことがなくて、興味すらなかった私が、
今こうして1人で芝居を観るようになったのは、あの日があったからだ。


  別に意識して今日ここにこの芝居を観に来たのではなかった。
ただ、谷崎潤一郎原作の「春琴」と深津絵里主演、というのに惹かれて、
4日前にチケットを取っただけだった。
営業中、三軒茶屋を歩いていたら偶然ポスターを見かけて、
そのポスターを見ながらチケットセンターに電話をした。
チケットが1枚だけ残っていた。
他の日はもう全部完売していた。
間に合ってよかった!としかその時は思ったのだけど、
そうやってギリギリでチケットを取れて
ジャッキーと初めて観に来た芝居のことや、同じ演出家のこと、
その後のことなどを思い返したら、
何だか不思議な物を感じてしまって、涙が出たのかもしれない。