森のくまさん


  童謡「森のくまさん」の歌詞は、不思議だ。
少女が森の中でくまと出会う。
少女はくまから「お逃げなさい」と言われ、駆け足で森を出ようとする。
ところが くまが、少女が落とした貝殻のイヤリングを持って追掛けてきて、
少女はお礼に歌をうたう。
  なぜ、くまは少女にお逃げなさいと言ったのか。
それが、不思議だ。


  解釈がわかれるところであるが、私なりにこの歌について分析した。
これはもとはアメリカの童謡で、
スカウトソングとされてきた。
スカウトソングとは、ガールスカウトの集会やキャンプでうたう歌のことをいう。
そこには、少女のあるべき姿を道徳的に教える意図もある。
一方、「森」とは昔から無秩序・危険な場所とされてきた。
特に子供や少女にとっては、入ってはならない禁断の場所で、
そこに入ったら最後何か恐ろしい目に遭うとされ、
立ち入ることを大人から禁じられている。
例えば「赤ずきん」では
少女は森の中のおばあさんの家でオオカミに食べられてしまうし、
ヘンゼルとグレーテル」では
2人はやはり森の中のお菓子の家で恐ろしい目に遭ってしまう。
つまりこの歌は、無垢な少女に、
森のように危険な所に子供だけで立ち入ってはいけません、
と教えたいのだろう。


  「森のくまさん」の面白い所は、
その無秩序・危険な場所の住人であるくまが、少女に、
お逃げなさいということだ。
くまが少女を食べてしまったり、襲いかかってしまっても不思議ではない。
しかしそのくまは少女に警告を与え、さらに彼女に親切にする。


  学生時代から「森のくまさん」の謎について考えていたのだけど、
入社以来、私は、先輩たちをずっと「森のくまさん」のくまさんのようだと思ってきた。
「新卒でうちの会社に入るなんてもったいない」
と言い切った先輩もいたし、上司も入社三ヶ月後に私に
「ご両親、うちでの仕事について何か言ってる?」
と、言った。


  今日もまた11時過ぎまで残業をしていたら、帰り道、
先輩が言った。
「帰り遅いし、仕事の内容もきついし、
 辛くなっちゃわない?
 大丈夫?」
と。
「でも、初めにうちを経験しておけば、
 後でどんな会社でも働けるようになりますよ。」
何度か転職を経験して、うちの会社で今年勤続8年目を迎えた先輩が、そう言った。


  仕事が辛いと感じたことは一度もない。
きっと仕事なんてこんなもんだろう、と思っている。
私が問題にしているのはもっと根本的なことで、
ワインの営業をしていることそのものが、私の人生において誤りなのではないかと、
ずっと考えている。


  それでも、レストランの人たちと話すことは楽しい。
それはワインの売り込みが楽しいのではなく、
シェフの持っている知識を与えてもらえるのが楽しいということだけど。
それに、ワインと言うものそのものも面白くて、
自分がいま飲んでいるこのワインが作られた土壌、生産者の想いなどを聞けるのは、
非常に興味深いことである。
じゃあ私は何に疑問を感じているのだろうと考えると、
売上げを気にしたり、
ワイン買ってください、買ってください、とお願いをしたり、
輸入が間に合わない商品についてお詫びをしたりとか、
そういうことなのかもしれない。
つまりそれは、やっぱり、仕事が辛いということなのだろう。


  なんだ、私、やっぱり仕事が辛いんじゃん、と思った。
冷静に考えてみたら、そういうことだった。