まさ吉


  学生時代、「日本語学」という授業で敬語の勉強をした。
ちなみにこの「日本語学」は私のいた国語国文学科の必修科目で、
敬語だけではなく、日本語の変遷や、接続詞や日本語文法について教わった。
敬語の授業の中で印象的だったのは、
敬語には礼儀を示す効果もあるが、その反面で、
いつまでも固い敬語を使い続けていると人と親しくなれないという側面を持つ、
ということだった。


  敬語のこの効果については、授業で習う前から感じていたことだった。
例え歳上であっても、親しくなりたい人に対しては、
敬語を緩めた方がいい、と。
自分のその考えが「日本語学」の授業で認められたものだから、
少し嬉しく、また自分は大発見をしたような、そんな気分になったものだった。


  私は会社の人とお酒を飲み行くことはないのだけど、
マーケティング部に1人だけ、
「一緒に飲みにいきましょう」と約束していた人がいた。
きっかけは武蔵小山に「まさ吉」という美味しい焼鳥屋があるという話を
営業先のお客様から聞いたことで、
マーケティング部の彼女にその話をすると、
実は自分もずっとそのお店に行きたかったのだと彼女は言った。
さばさばした感じと、イタリアにかぶれていないことと、
私と3歳しか年がかわらなくて比較的年が近かったことで、
私は彼女のことが好きだった。
話していても、自分の部署の人よりも話が合いそうな印象を受けていた。


  そして金曜の朝、
「今日、まさ吉行きません?」
などと2人で打ち合わせ、仕事が終わった後、武蔵小山で待ち合わせた。
会社を出たら敬語は使わなくていい、という彼女に甘えた。


  彼女は私より一ヶ月半ほど後に、中途で入社した。
私は営業部の一番新人で、彼女はマーケティング部の一番新人で、
普段は仕事が別で同じ社内でも顔を合わせることがほとんどないが、
たまにイベントなどで一緒になったりすると、
「調子はどうです?」
なんて話をしていた。
会社の中で違和感を感じることがあったり、
何かこの会社おかしいのではないかと思うことがあっても、
お互いに気を許せる人がいないものだから1人で処理していたのだと思う。
彼女はわからないが、少なくとも私はそうだった。
まさ吉では、そんな諸々の話をした。


  最近ショックだったことがあって、その話もした。
私は4月入社で、入社のオリエンテーションをしたとき、
私以外にも5人の新入社員がいた。
私以外の社員はみんないい年の男性で、
経理部の部長として入社した50代の男性や、
品質管理部の部長として入社した50代の男性を始め、
札幌支所に配属になる30歳の男性など、
みんな社会人経験の長い人ばかりだった。
新卒の社員は私だけで、何だか息苦しいオリエンテーションだったのを覚えている。
  しかしながら、
一緒にオリエンテーションを受けた経理部部長は二ヶ月前にすでに退職し、
今月に入って品質管理部の部長も体調不良を訴え休職することになった。
会社の激務が原因で、体を壊してしまったらしい。
  さらに、二ヶ月前に入社したばかりの女性も、今月で退職してしまった。
  それ以外にも、私が入ってから、何人もの人が退職していった。
  そんなことに衝撃を受け、
会社を辞めるなんてよくある話だけど、
それにしても、たいして人数のいない会社でこれはおかしいのではないか、と思っていた。


  そんな話をした後、
彼女の話も聞き、最終的に、どうやって自分の人生を楽しむかなんて話をしながら、
彼女が来月  嵐のコンサートに行く話などをした。
社会人になって生活に潤いがなくなったら、急にジャニーズにときめくようになったとか、
このままだと自分たちは恋愛から遠ざかって冬の時代に入ってしまう、など。
(いや、きっとすでに冬の時代に入っているのだが)


  私は同じ営業部の先輩とは決してこんな話はしてこなかったし、
これから先もするつもりはない。
そうやって自分の心を頑なに閉ざしているのはよくないことだと思うのだけど、
でも、これでいいと、何故か思ってしまう。
よくないことだけど、でもこれが一番いい、と。