クール

  
  残業中、隣の席の先輩に 
「ロック聞く?」
と、話しかけられた。
「90年代のロックなら、聞きますよ。」
「え、私もそうなんだけど。
 まさに私のツボだよ。」
先輩はそう言って
「○○っていうバンド知ってる?」
と聞いてきた。
知らないバンド名だったので、今ここで思い出すこともできない。
知りません、と答えると、
「吉田さんて、なんかそのバンドっぽいんだよね。」
「え?
 そのバンドっぽいってどういうことですか?
 服装ですか?」
「いや、なんて言うのかな、聞けばわかるよ。
 もう存在自体がそのバンドと似てる。」
「何事にも無関心なところですか?」
私が言うと、先輩は少し言葉につまりながら
「無関心ていうか、クールなところ?」
「クールって、つまり無関心てことですよ。」
私は言った。


  クールだなんて、初めて言われた。


  しかし、ある環境において、私はいつも似たようなことを言われる。
予備校にいたときも、同じクラスの子からこう言われた。
「初めの頃、あやのちゃんて恐かった。
 人なんてどうでもいい、っていう雰囲気だった。」
と。
私は彼女を、洞察力に優れた人だと思った。
彼女の言う通り、私はずっと、人なんてどうでもいいと思っていた。
予備校にいる人たちなんて、どうでも良かった。
それが変わったのは、夏頃だったか。
自分と同じような人に出会って、私は変わった。


  あまり興味のわかない場所、
ここは自分の本来の居場所ではない、長居するつもりは無い、
と思う場所において、私は、無関心な人間になる。


  会社では、他の先輩からも言われた。
「吉田さんのその、さしさわりのない感じが俺好きなんですよね。
 ムナさんと同じ匂いがする。」
と、クールな男性社員と並べながら、彼はそう言った。


  色んなことがどうでもいい、つい、そう思ってしまうのだ。
ワインを売るための努力はするし、
トマトを売るための戦略だって練る。
今日だって、渋谷から秋葉原秋葉原から神保町、神保町から高円寺の移動もいとわず、
ワインを売るために練り歩いた。


  ジャケットを羽織って私は自分を繕い、決して人に深入りしないよう用心している。
そんな自分を開放できるのは、
昼間、会社を出て営業をしているときだけだ。
お客様の前で私は、クールな自分を脱ぎ捨て、人間臭さを求めるようになる。
心の交流を欲する。


  いつか会社を辞めて営業をしている今の自分が思い出に変わったら、
私はジャケットを見るたび、
クールだと言われた自分を思い出すようになるのだろう。
ジャケットを羽織って自分を繕い、
会社員になりきろうとしていた自分を懐かしく思うようになるのだろう。