浅草

  営業で浅草へ行った。
夕方近くで、陽も沈みかけ、風が涼しくなり始めていた。
情緒ある小料理屋は夜の営業に向けてそわそわ動き始めていて、
買い出しや休憩から戻った主人が店の引き戸を開ける姿をちらほら見かけた。
大通りから一本入ったアスファルトの小道に、犬が寝転んでいた。
その後ろ姿にはなぜか哀愁があって、
普段  私は犬の頭を撫でたりすることなどないのに、
私はその犬に近寄って、思わず見つめてしまった。
犬は私に気付いて、
片足を引きずりながら私に駆け寄ってきて、
ぐるぐると私の周りを二周した。
引きずった足がかえって私にすり寄るように人なつこく、
私は思わず頭を撫でた。
大通りの喧噪を離れてまるでそこだけ時が止まっているようで、
私は一瞬、仕事を忘れて、
まるで珍しいものを見つけて我を忘れた子供のように、
犬に夢中になってしまった。
  

  そんな下町の風景の中で特に主張することもなくこじんまりと営業している
イタリアンのレストランで少し商談をして、
浅草寺を通り抜けて会社に戻った。


  大学四年生を目前に控えた春休みの夜、知人と浅草寺でおみくじをひいた。
彼はその頃 仕事に行き詰まっていて、
多分、大学生の私と会うことで仕事という日常から離れたかったのだと思う。
その時にひいたおみくじが、自分は何だったか忘れてしまったけど、
彼が凶だったことはよく覚えている。
仕事に悩み、挙句の果てに凶をひいて落ち込んだ彼の様子が、印象的だったからだ。


  そんなことを思い返しながら、
私も、あの時と同じ場所でおみくじをひいた。
凶だった。
彼を思い出した。
どうせ凶をひくのなら、
こんな余計なことはしないでさっさと会社に戻れば良かったと思った。
道草しなければ、18時半には会社に戻れた。


  それでもなぜか無性に、今日は記憶に残る一日になった。
普段の営業よりもずっと、印象に残った。
浅草という場所の力なのだろうか。