初めての接待

  このブログは、
いつ終わってしまうかわからない会社員としての私の日常を
書き記すことを目的としている。
そんなことを言いながら死ぬまで会社員かもしれないし、
案外  来年あたりに専業主婦になっているかもしれないし、
もしくはある日突然会社を辞めて定職にも就かずに街を放浪し始めるかもしれない。
これから先私の人生がどうなるのか全くわからないけど、
万が一  物書きになれたり、何か表現活動をするようになったとき、
人生の中でほんの短い間でも会社員を経験したことは何かの肥やしになるかもと思い、
会社員としての私の日々を書き記すことにした。


  私の夢は、仕事を頑張って割と調子良さそうに働いて、そこそこの成績も出して、
「吉田さんは安定感があるね。」
なんて上司に言われながら、ある日ぱたっと会社を辞めることである。
「別に悩んでそうな素振りもなかったのに、辞める理由は何なの?」
なんて驚かれたい。
誰も私を引き止めはしないが驚きはする、そんなのが理想だ。
そして会社を辞めて二年か三年経った頃、
「こう見えても私、昔は商社で営業してたんです。」
なんて言った時に
「え、意外だね。」
なんて言われたい。


  これは、私の美意識を象徴しているのかもしれない。
人からよく思われていたい、という私の美意識が。


  それはさておき、
会社員としての日々を克明に記す上で、決して書き漏らすことのできない経験をした。
初めて接待をしたのだ。
  と言っても私はおまけで、私が何かをものすごく頑張った訳ではない。
先輩の接待に同席したと言った方がふさわしい。


  きっかけは、約一ヶ月前の同行だった。
まだ一人で営業に行かずに先輩に同行していたとき、
先輩と一緒にとある問屋さんを訪問した。
そこまで大きくはないが力のある問屋さんで、
先輩も、今はその問屋の数字を伸ばすことに燃えていた。
たまたまその問屋の課長とすれ違い、
先輩が自分の上司の名前を出しながら、
「今度またお酒でも飲みましょうと申しておりました。」
と言うと、課長も乗り気で、
「こういうのは日にちを決めないと結局いつまで経っても実行できないからね。
 あなたも是非。」
と私に声をかけてくださった。
取りあえずのマナーとして、
「ありがとうございます。」
と、嬉しそうに返事をしておいた。


  会社に戻ってから、先輩が上司に飲み会についての話を伝えていた。
「結構乗り気だったので、早めに日にち決めた方がいいですよ。」
なんて言っていた。
人ごとだと思って私はその話を遠くで聞いていたら、その一週間後ぐらいに
「じゃあ吉田さんも8月の木曜日あけておいてね。」
と、先輩に突然言われた。
「あれ、何かありましたっけ。」
と私が聞くと、先輩は
「○○(問屋の名前)の課長さん。」
と、言った。
「えっ」
思わず私は驚いてしまって、
「本当に私も行くんですか。」
と私が言うと、
「ご指名なので」
と先輩も困ったそうに言った。


  私がものすごく美人とか、色気があるとか、
そういう女性だったらご指名が入るのもわかるが、
なぜ社内で「イクラちゃん」なんてあだ名を付けられるような
ぺーぺーの新人の私にご指名が入ったのか、むしろ不可解だった。


  そういうわけで、
六本木のこじゃれたお店で接待が開催された。
飲まなくてはならない雰囲気におされて
ビールをどんどん飲み、ワインも四人で二本ばかりあけ、
食べろ食べろと言われるので食事もどんどん食べる。
ストッキングの締め付けを窮屈に感じ始めた頃、
二軒目に行こうという話がでる。
同席した私の上司が「参ったな」と感じているのは私にもわかったが
(体力的にも、会社の経費的にも)、
先方が行く気満々なので行かざるを得ない。


  接待と言うのはこそばゆい代物で、
単刀直入に仕事の話をするわけではないようだ。
他愛無い話の随所に
「うちの会社はこういうことをするから、是非協力してくれ。
 おたくの会社にとっても美味しい話だろ。」
という内容のことを、そうは言わずにオブラートに包みながら伝える。


  先方の課長は、
敢えて私にこういう話を聴かせて、
一人でも多くの新人を洗脳して純粋培養すべく私を呼んだのだった。
会社は違えど取引先。
彼は私を、自分の勢力に取り込もうとしていたのだ。
あぁそういうことか!と、私も出席して初めて自分が指名された意味が分かった。


  ちっとも楽しくないのに体内のアルコール濃度ばかりが高まって、
帰りの電車でどっと疲れが出た。
でも、私は新人だし先輩に身を任せていればいいので、まだ気楽だった。
あの場で聞いた話は、すっかり忘れてしまえばいい。
あくまでこれは先輩がこれから社内で処理して行き、今後うまく転がすべきことで、
私がしゃしゃり出て行くようなことではない。
何もしないし何も言わない。
これもまた、会社員としてのマナーの一つなのだろうと思った。