編集長

  港区のカフェにお昼ご飯を食べに行ったら、
最近私の生活の中でお馴染みになりつつある下田さんと偶然会った。
なりゆきで少し会話をしながらご飯を食べていたら、
下田さんの隣に下田さんの知り合いがやってきた。
やはりこれも  なりゆきで、その人とも話をした。
八重洲にある下田さんの好きな南インド料理のお店の話をして、
それから私が昨日、商談で執事喫茶に行った話など。
私はごはんをぱくぱく食べながら、
執事喫茶に行った興奮をありのままに伝えていると、
下田さんの知り合いの人は
「職業柄、そういうのがちょっと気になっちゃうね。
 どういうものなのか、1回、取材をしてみたくなる。」
なんて言って興味を示してくださり、
私も調子が出てぺらぺらしゃべっていた。


  話し始めて少し経って
「遅くなりましたが」
と、下田さんの知り合いの人が自己紹介をしてくださったら、
なんと私の大好きな雑誌の編集長だった。
編集長、なんて聞くと年配で貫禄のあるイメージだが、
その方は若くて飾り気のない様子で、親しみやすく、
編集長のイメージを覆すような方だった。
下田さんに、
どうやったら脇腹の贅肉がとれるかなんてことをレクチャーしていたくらいだ。


  ワインを売っている会社で働いています、と私が言うと、
「仕事柄、ワインを贈ったり、お土産でワインが必要な時があるから」
とおっしゃってくださり、
私の名刺を渡した。


  

  その後、仕事で渋谷から田町まで電車に乗りながら今日の出来事について考えた。
嬉しかったのだ。


  私は大学三年生の頃、
その雑誌を編集する仕事をしたいなんて思っていたのだけど、
就職活動を続けて行くなかで、
多分自分は編集の仕事は好きではないなと感じた。
何となく物書きになりたくて何となくその雑誌が好き、という程度の気持ちしかない私には、
到底その仕事はできないだろう、と思うようになった。


  本音を言えば、編集の仕事に魅力を感じなかったのだ。
なんだか、面倒な気がしてしまったのだ。
物書きになるためには、編集の仕事をして修行するべきなのは知っている。
みんな、
「いつかは自分も執筆したい」
という野望を抱きながら編集の仕事をしているのだと思う。

でも私は、編集の仕事をしたくはないと思った。
就職活動中、編集者を目指さず、出版社への応募を避ける自分に気付いた時、
「あぁ、私の『書きたい』と想う気持ちなんてその程度なんだ。
 修行する覚悟もできずに逃げ出してしまう程度の、
 そんなもんなんだろうなぁ。」
と、諦めた。


  電車の中で、不思議だと思っていた。
確かに私は、
あの頃憧れた雑誌になるべく近づくような行動をとっていた。
つまり、
全く何もしなかったわけではなくて、
自分からそこに向かって動いていたわけなのだけど、
でもまさかこんなことが起こるなんて思いもよらなかった。
何がどう、と上手く説明することはできない。
上手く説明できないけれど、私の心は、今も興奮しているのだ。
今はもうその出版社で働きたいとは思わないけれど、
でもその世界へのほんのりとした憧れや、
その雑誌が好きだという気持ちはあって、
思いも寄らない形でその雑誌を創っている人と他愛無い話ができたことが、
何だか無性に嬉しかったのだ。
他愛無い話だからこそ、余計に嬉しかったのだ。
私にとっての「たなからぼたもち」とはまさに今日の出来事のようなことをいう。