夢はスガシカオ

  
  先週の日曜の朝 ソファで寝ていたら
テレビでスガシカオ山崎まさよしの所属する事務所の社長の特集をしていた。
どうやってこの二人を発掘したかということを話していて、
「二人には違和感を感じた」
と、言っていた。
何か違う、何か変だ、という違和感はまた、才能への期待だったのだという。
スガシカオははじめは全然うれなかったが、社長だけは信じていたらしい。
理由は、その、違和感だったのだという。
「待ってれば必ず売れる」
と社長に言われるがまま、スガシカオも待ち続けたのだと語っていた。
スガシカオは30歳で脱サラして歌手になり、
はじめは売れなくても待ち続けて、そして成功した。
私もスガシカオのようになりたいなと思った。
しかし、一体何で成功したいのか、自分でもよくわからない。


  自分は何をしたいのかわからず、
ただぼんやりと
「自分はどうやら芸術方面に興味があるらしい。」
と思いながら学生時代を過ごしてきた。
無理に決めつけるのもよくないと思い、
ぼんやりした思いを、ぼんやりとさせたままでいた。
いつか自然と見つかるもの、あるいは、
気付いたら自分にはそれしかなくなっていたというもの、
それが本物なのだろうと思っていた。
大学一年生の頃は、
まだ三年もあるから就職する頃までにはわかるだろうと思っていたが、
結局まだ見つからないまま、私はサラリーマンになってしまった。


  人が私に違和感を感じてくれるかはわからないが、
私は今の生活に、また別の意味での違和感をいつも感じている。
この生活を抜け出してどういう生活を始めたいか具体的な理想はないが、
今の私は何かおかしいと、いつも思う。
立ったまま眠りながら地下鉄に乗り続け、
赤羽橋の交差点を渡る時いつも、
会社に向かう自分に違和感を感じているのだ。  


  よく赤羽橋と赤羽を間違えられるのだけど、
私の会社は東京タワーのふもとのあたりにあって、
頑張れば六本木まで歩いて行ける。


  就職が全く決まらなかった頃、
ケーキ屋の中村さんにこんな冗談を言ったことがあった。
「都会で働けて、
 何かヨーロッパに関係のある仕事で、
 あわよくば仕事でヨーロッパに行けたらいいな、なんて思ってます。」
と。
あの頃は今の会社を全く知らなかったけど、
私はその夢を全て実現させた。
都会のオフィス。イタリアの食材とワインを扱う仕事。
運が良ければイタリア出張に行ける。

  
  イタリアにあるグラッパの会社の息子が日本に来日していて、
先週の水曜、その人の解説を聞きながら8種類のグラッパを飲んだ。
息子は日本語ができないとのことでイタリア語で解説していて、
イタリア語がわかる先輩がその通訳をしていた。
彼はかろうじて英語もできるとのことで、
イタリア語はできないが英語が堪能な先輩は、彼と英語で会話した。
イタリア語も英語もできない私は、
同じくイタリア語も英語もできない男性の先輩と並んで、
黙って全体の様子を眺めていた。
加藤さんという男性社員が
「吉田さんはさっきの英語、だいたいわかるんですか?」
と、聞いてきた。
「全然わからないです。」
と私は答えた。私のあまりの潔い返事のしかたに対して、
「早稲田で何してたんですか。
 早稲田ってあまり英語やらないんですか?」
と加藤さんは笑った。
「私は日本語の勉強をしてたんですよ。」
と言いながら、
いつか自分も通訳の力を借りずに、
会社にくる外国人達とコミュニケーションをとれるようになりたいものだと思った。