新井さんと私の荒木経惟


  ずっと好きだった物を好きだと思えなくなってしまうのは、残念なことだ。


  六本木の青山ブックセンター荒木経惟の写真集を見ながら、
そんなことを思った。


  長らく私は、自分は荒木経惟のファンなのだと思い込んでいた。
だけどどうもそれは違って、
電通時代に彼が取り続けた「さっちん」であったり、
妻・陽子との時間の記録が好きだっただけのようである。
彼の撮るヌードが嫌いなのか、と聞かれれば、理由はそれだけではない。
空の写真、飛雲閣の写真集、花の写真、
どれもそんなに、好きにはならなかった。


  いつか私は、荒木氏と親しい新井さんにこの話をした。
「『センチメンタルな旅 冬の旅』や『陽子』は好きだけど、
 ヌードはどうも、いいとは思えない。
 ヌード写真が嫌いというわけではなくて、
 荒木さんのヌードは、実はそんなに好きじゃない。」
そんなことを私が言うと、
新井さんも
「俺もそうなんだよね。」
と、言った。


  私の好きな荒木経惟と、新井さんの好きな荒木経惟は、
きっと似ているのだと思う。
『センチメンタルな旅 冬の旅』『陽子』以外で
私が本当に好きな写真集は『空事』という写真集だった。
この写真集は浪人生時代、確かセンター試験の直前に渋谷のツタヤで買った。
色んなことが上手くいかなくてモヤモヤしていて、
予備校帰りに気晴らしにツタヤの本屋に寄ったら、偶然見つけたのだ。
一回見て、すぐにこの写真集が好きになった。
好きで好きで、何度も読み返した。
実はこれが新井さんが編集した写真集だったと気付いたのはそれから四年後、
大学四年生になってからで、
その直後、私は新井さんとお会いしたのだ。


  きっと新井さんの中には新井さんの好きな荒木経惟像があって、
その理想を具現化したのが『空事』だったに違いない。
そして、私が好きだと思う荒木経惟は新井さんの好きな荒木経惟と似ているから、
だから私は、
それが新井さんが編集した物だと知らなかった頃から、
知らず知らずのうちに新井さんが編集した『空事』を好きになっていたのだと思う。


  営業の合間のあいた時間に青山ブックセンター荒木経惟の写真集を一通り見て確信した。
私はもう、荒木経惟は好きではない。
『センチメンタルな旅 冬の旅』と『陽子』が好きなだけで、
荒木経惟という写真家全体に魅力を感じているわけではないのだと。
長らく私は荒木経惟を好きなつもりでいたから、
急に好きではなくなった気がした時、とても残念な気持ちになった。
例えて言うなら、
子供の頃美味しい美味しいと思って食べ続けていた駄菓子を、
大人になったある日食べてみたらまったく美味しくなくてがっかりするような、
そんな気持ちだ。


  余談になるが、
私は写真集『空事』を新井さんのところへ持っていって、サインをしてもらった。
サインにはこんな言葉が添えられていた。
「鳥よりも高く飛べ」
この言葉の真意は聞いていない。
聞くことは邪道であるような気がした。
答えは、自分で見つける物なのだ。