自分を閉じ込める

  ジャケットを羽織り、馴れないヒールの靴を履いて、
私は毎日会社へ行っている。
ヒールの靴なんて学生時代はほとんど履いたことがなくて、
いつも  ぺたんこの  どうしようもない靴を履いていた。
服だってきちんとした服ではなくて、ちゃらんぽらんしていた。
今までと全く違う服装でいることで、私は、
仕事用の自分を作りあげている。
「オフィス版吉田」とでも名付けておこうか。
こういうのを、メタモルフォーゼというのだろう。


  私は大変不真面目で、どちらかというと変わり者で、
浮世離れした父親を見て育った影響もあって、
どうも世間一般から逸脱したおかしな感覚がある。
私は自分のそんな一面が嫌いな訳ではないけれど、
これでは社会に適応できないことも自覚しているものだから、
一会社員となった今、私はなるべく会社では自分のそんな一面を閉じ込め、
真面目に振る舞うように心がけている。
ジャケットとヒールは、そのための小道具なのだ。


  なるべく控えめで、自分の性質を外に出さないように心がけているにも関わらず、
先日先輩から
「吉田さんも結構変わってますよね。」
と言われて大変ショックを受けた。
いつ、変わり者の一面を会社で露出してしまったのだろう!と。


  会社の人には見せてない一面があるんだぞ、と思う度、
私は少し気分が良くなる。
普段は人に見せない一面を秘めておくことは、
なぜだか私に優越感をもたらす。
自分の中に秘密を隠し持つことは、
会社にいる自分に違和感を感じた時の特効薬になる。
秘めた一面は、
別に会社の人から羨ましがられるようなものでも何でもないのだけど、
全てをさらけ出さないことが何故か居心地の良さを生むのだ。
それはきっと、
会社で出さない自分を持つことが、私に帰るべき場所を与え、
そして開放感を生み出すからだ。
閉じ込められるからこそ開放される必要が生まれる。
一見それは窮屈なようであるのだけど、
開放される喜びを与えるという面において、美しいものなのだ。