「君のは、ええかっこしいのいい子ぶりっこの文章だ」

  くるりのライブから一夜明けて、昨日の岸田繁を思い返しながら出勤した。
昨日同行した先輩は
「吉田さんはどれくらい仕事続けるつもりなんですか?」
と、言った。
「三年はいるつもりです。」
私が言うと、
「そう思うでしょ?
 俺も最初はそうだったんだよ。
 だけど半年経ってみた今、この仕事三年は辛いなと思うんだよね。」
と、先輩は言った。
「同じ業界の中で転職することは、まずないと思います。
 私、もともと出版とか受けてたんですけど、
 まだそういう業界に憧れがあるので、転職するなら今とはまったく別の業界だと思います。
 出版うけてたときに、
 よくよく考えてみたら編集も雑誌も好きじゃないことに気が付いて、
 今もまだそれは変わらないのでどの業界に転職したいかはわからないんですけど。」
と私が言うと、
「あぁ、その様子じゃ多分吉田さんも3年はいないな。」
と、笑った。


  先輩とのそんなやりとりがあって、
ライブに行って音楽で食べている岸田繁を見て、
ぼんやりと色々考えながら電車に乗っていた。


  別に何がやりたいってわけでもないけれど、
このままあの会社で長く働くことは、
私の人生にとって大きな間違いであるような気がするのだ。
ぼんやりとした危機感が、私の中には常にある。


  そして思い出したのは、大川先生の言葉だった。
「一度でも書くことで立っていこうと決めたことのある人が、
 こんな文章を書いてはいけない。」
初めて私の文章を読んだ日、先生はそう言った。
九月の半ばの夕方頃だった。
まだほんのりと暑くて、確か私はその日、白いポロシャツを着ていた。
いや、色違いの紺色のポロシャツだったか。
スカートは、当時一番気に入っていた薄手のグレーの巻スカートだった。
「君のは、ええかっこしいの いい子ぶりっこの文章だ。
 最後に明るくて前向きなことを書いて人に気に入られようとしている、
 優等生の文章だ。
 確かに文章はきれいだが、面白くない。
 ただのいい子ぶりっこの文章です。」
先生はきっぱりと言った。
私は、たまらなく恥ずかしくなった。


  こんなに書くことが好きで、
誰といる時よりも、文章を書いている時が一番素直になれると思っていたのに、
それなのに私は、
人に認められたいあまりに、無意識のうちに人に気に入られるための文章を書いていた。
そんなことを見透かされ、
私は、恥ずかしさと同時に、悔しさを感じた。
絶対に、人に媚びていない、正直な文章を書いてやる。
そう思って、
それからしばらく極端なくらいに汚い文章を書いた。
どろどろした、息の詰まりそうなくらいに暗いものも書いた。
でも、何を書いても嘘くさく感じてしまって、
嘘しか書けない自分が嫌になった。
自分は所詮、青柳先生の力なしでは満足に文章を書くことが出来ない人間なのだ。
そう思った途端に書けない自分が嫌になって、
私はまともに文章を書かなくなった。
つまりは逃げたのだ。


  過去のそんな自分を思い返しながら出勤したら、
いきなり社長に呼ばれた。
社長の面談をしたあと、部長に呼ばれ、
「吉田君はまだ商品の流れが把握できていないから、
 今日は掛け率の話をしよう。」
などと言われて個室で講義を受けた。
問屋さんに6掛けで卸した商品はだいたい7掛けでレストランに売られる。
だとか、なんだとか。
「営業の仕事って言うのは、常に数字を意識しなきゃいけない。
 売上げも、掛け率も、利益もね。
 数字に強くなきゃ、いい営業はできないよ。」
生島ヒロシのような顔をした部長が、哀川翔のような声でそう言った。
数字が一番苦手なんだけどなーと思いながら、
「はい。」
と、神妙な顔で返事をしておいた。


  「大人って本当に数字が好きなんです。」
なんていう『星の王子さま』のフレーズを思い出した。