24歳、OL


  毎朝交差点の横断歩道を渡るたび思う。
「これでいいのかな。」
と。
今の私は何か間違っているのではないかな、と。
そして、三木聡の『インスタント沼』という映画の主人公を思い出す。
役名は忘れてしまったが、麻生久美子が演じていた。
「ジリ貧OL」なんて形容されていて、
「ジリ貧OL」というのがどういう意味だったかも忘れてしまったが、
何となく私は、自分も「ジリ貧OL」になりつつあるのを感じている。


  3ヶ月ぶりに髪の毛を切りに行った。
仕事の話をすると、美容師さんが急に
「こうやって、みんな、大人になってくんだね。」
なんてしみじみ言って、私も、何だかほろりとした。  
  初めて会ったのは高校二年生のときだった。
5月の終わり頃で、私は、17歳になったばかりだった。
彼は26歳で、9歳上なんて随分歳上だと思っていたけれど、
私はもう、ほぼあの頃の彼と同い歳になってしまった。


  1人で営業に出るようになってちょうど1ヶ月。
早くもマンネリ化してしまって、先週一週間の私の勤務態度といったら、
それはもうひどかった。
昼の12時〜14時はほとんど電車の中で寝て過ごした。
火曜日は田園都市線、水曜日は東横線、木曜日は大江戸線、なんて具合に。
これなら昼間に映画も観れるんじゃないか、なんて思っている。


  平均すると1日5軒訪問している。
もっと頑張れば7、8軒行けるのだろうけど、
暑さを理由に頑張らなかった。
毎日毎日ニュースで熱中症患者の人数が報告され、
死亡者は到頭100人を超えた。
うっかり私も貧血で倒れたりすると笑えないから、がんばらなかった。
休みの日の今朝だって、貧血で顔面蒼白になっていたのだ。
営業中にうっかり倒れることだって、あるかもしれない。


  どこのお店に行ったって客の入りが悪いという話ばかり聞く。
この間なんて
「年内で店を閉めるかもしれない。」
と言われ、今の考えや今後の方針を述べられたものだから、
「いえ、でもそういうお気持ちがあって今努力されているのだから、
 きっとこれから  いい方向に進んでいきますよ。」
なんて励ましてしまった。
  たまに、人生を垣間みてしまったりして、重い気持ちになって店を出る。
この人、首の皮一枚でつながっているような営業で、
中学二年生の子供もいて、これから先の人生どうなるんだろうな、
なんて老婆心ながら心配してしまったシェフもいた。
  そんなお店に物を売り込むわけにもいかないので、
段々、通えるお店が限られてくる。


  まぁ色々あるわけだが、
私は私で昼間さぼってばかりいるわけにもいかないので、
少し高いお金を出して、お客さんのお店にランチに行くこともある。
先週  西麻布の有名店に行き、
久しぶりに心の底から美味しいと思いながらイタリアンを食べた。
自家製で焼きたてのパン。
上品で繊細な優しい味の前菜に、メインのパスタ。
デザートの桃のブラマンジェ。
最後のエスプレッソも非常に香り高く、
贅沢して良かった思いながら店を出た。


  いつって決めている訳ではないけれど、
私は、今の仕事には期限があると思い込んでいる。
3年後かもしれないし、
5年後かもしれない。
それまでの間は、まずどっぷり浸かりたい。
お店に行くということは、イタリアンを知るということで、
そして、商談をするよりもよっぽど、お客さんを知るということだと思った。
だから私は、お金をかけてでも、お客さんのお店に食べに行こうと決めた。
それが、今月新たに決心したことなのだ。
なぜだろう、いつか必ず辞めると決めているからこそ、
どうせ辞めるから適当でいいと思うのではなく、むしろ、
今のうちによく知っておきたいとう気持ちが生まれてくるのだ。