図書室の子


  小学校3年生の頃、朝と昼休みと放課後のほとんどを図書室で過ごしていた。
本が好きだったのだろうかと言えば、そうでもない。
本を読むくらいしか、することがなかったのだ。
あの頃私は人と話すのが苦手で、友達がいなかった。
誰かといると何かを話さなくてはならないというプレッシャーを感じて、
それが息苦しくて、
誰とも話さなくても済む、図書室に逃げていたのだ。


  化粧水をつけながら、ふとそんなことを思った。
もう15年も前のことである。


  人と話すのが苦手だったなんて言いながら、私は、うっかり営業職に就いた。
  営業職向いてそうですねと言われることが多いのだが、
そのたび、自分は変わったのだなと感じる。

  
  でも本質は少しも変わっていなくて、
私はやはり、
基本的にはあまり話さないタイプなのだと思う。
話すときと、話さないときのムラが激しい。
何か話していないと落ち着かない、という人が多いように思うけど、
時には何も話さないでいても気にしないでくれる人といると、楽だ。


  私の目標は、人に何かを話させるのが上手になることだ。
「話させる」というと少し命令口調で恐縮だが、
つまり、相手から言葉を引き出すのが上手くなりたいということだ。
そのためには私は聞き上手になる必要があるし、
それに、質問も上手くならなくてはならない。
何よりも大切なのは、相手に本気で興味を持つことなのだと思う。
そしてさらに、自分もある程度心を開かなくては、相手も心を開いてはくれない。
私は人の話を聴きたいし、
それに、人から心を開かれることに、
多分、普通の人以上に喜びを感じるのだと思う。


  私はきっと、
大勢の中にいるときと、
一対一で接するときとでは人に与える印象が違うだろうと思う。
自分でもそう感じているし、人からもそう言われる。
いつかチサコ先生は言った。
「私はもっと、あなたはクラスの中心的な存在なのかと思っていたけど、
 教室の中にいるあなたは、驚くほど地味で、
 自分の影を消すようにしているというか、
 隅から全体を見渡しているような、そんな印象でした。
 たとえ実際には教室の真ん中に座っていたとしても、
 あなたはいつも、隅にいて全体を見ているような感じでした。」
と。
さっちゃんもまた、
「彩乃は合コンに行くよりは一対一でお酒のみに行った方がいいだろうね。」
と。


  それは、自己主張が苦手と言うことなのだろうか。
埋もれてしまいがちとでも言うか。
会社で働いて行く上ではきっと、自己主張が強い方が得するだろう。


  でも私は、
営業職向いてそうですね、と言われているときの自分が、実はそんなに好きではない。
ぺらぺら調子良くしゃべっている自分が、どうもいけ好かない
後で、何だかとても恥ずかしい気持ちになるのだ。
自分だけが気付かずに空回りしていたのではないかとか、そんなことを思う。
それよりは私は、
話すときには良く話して言葉数も増えるけれど、
普段は落ち着いている人間でいる方が、好きなのだ。
そんなジレンマが、私の中にはある。