仕事着

  多くの会社では新卒社員に対して研修期間を数週間設けている。  
電話対応の仕方など、会社で必要なことを教えてくださるのだろう。
スーツで通勤しなくてもいい会社でも、
この期間だけは新入社員はスーツで通勤する。


  教育制度が設けられていない我が会社ではもちろん研修期間がなく、
私は、いつまで自分はスーツを着ているべきなのか少し迷っていた。
先輩達はスーツではなく、
ジャケットは着用しているが割とカジュアルな格好をしている。
初日にさりげなく主任に
「しばらくスーツで通うつもりでいるんですが、
 イベントなどでスーツじゃない方がいい日はありますか?」
と尋ねると
「いえいえ、スーツで大丈夫ですよ。
 むしろ、しばらくスーツの方がいいんじゃない。
 最初はきちんとしていたほうがいいですからね。」
と答えてくださった。


  しばらくって、いつまでだ。
そう思ったが聞くこともできず、
また、仕事に着ていく洋服も持っていなかったのでスーツで通勤し続けていた。
すると一昨日の金曜日、主任に
「南大沢のショッピングモールがいいですよ。
 吉田さん若いんだし、可愛らしいジャケットとか着てもいいんじゃない。」
と言われた。
薄々感じてはいたが、
「吉田さん、もうスーツじゃなくていいのに。」
という空気が流れていることを確信し、
日曜の朝からショッピングモールへ行き、スカートやらジャケットやらを買い集めた。


  私は今までふざけた服ばかり着ていたから、
手持ちの服はどれも会社に着ていけるような雰囲気ではない。
しかも、洋服屋に行った所で、
今まで買ったことのないような服ばかりを目の前にして、
上手く選ぶことができなかった。
イタリアンのレストランに営業に行くことを意識しながら、
それっぽい服を選ぶよう心がけた。


  スーツを着なくてもいい職業に就きたい、
なんて岸野さんに言ったことがあったが、
今となっては割とスーツが好きで、
スーツを着ることで会社向けの自分になることができるような気がするのだ。
それに、気が引き締まる。
会社に行くぞ、働くぞ、という気分になれる。
スーツの中のワイシャツにこだわったり、
色のきれいなシャツを着るのも、いい。


  今まで気に入って着ていた服は、どれもタンスの奥で眠っている。
社会人になってシンプルな服ばかり着ていたら、
どうも今の自分には三月まで着ていた服が似合わないような気がしてきてしまった。
年相応の服を着よう、と思ったりもする。
そんなことを考えながら二子玉川で電車を降りたら、
遠くにアリサがいるのが見えた。
彼女は確か今年28歳だ。
洋服が大好きで、特にアダム・エ・ロペがお気に入りだ。
彼女は私よりも若い格好をして、可愛らしく歩いていた。
自分は年を取るのが早くなる仕事に就いてしまったかもしれないと、ふと思った。