山積みの仕事


  朝から会議。 
そんなこと24人も集めて話す必要ないだろう、ということを、
1時間もかけて部長が話す。
要点だけまとめれば、20分くらいで済みそうな内容だ。
それをくどくどと1時間も話す。
つまり内容は、
先月の部署の売上げを全員で確認して、各課の反省をすればいいだけなのだ。


  9時から10時までの間に準備したかったことがあったのに、
その時間が全部会議で潰されてしまい、準備がろくにできなかった。
午前中の遅くまであんまり会社にいてもまた何か言われるので、
仕方なく印刷物だけ用意して、取りあえず準備もままならないまま会社を出て、
池袋でお茶を飲みながら資料の用意をした。


  例の執事喫茶で商談をするも、どうもうまくいかなかった。
私の提案力に問題があるのか、
会社のラインナップがイマイチだったか。
私は全力を尽くし、先方が提示した条件を最大限に考慮したつもりだったが。
その後、池袋を出て代々木へ向かうも、忙しくて相手にしてもらえない。
代々木から神田へ向かったが、これも空振り。
神田から人形町へ足を伸ばすが、担当者不在。

  
  本日の最後、
あるレストランで、古い年代のワインを探しているというから、
私は何日も前から準備をして調べて行ったのに、
結局お気に召す物が無く、買ってもらえなかった。
まぁ、仕方が無い。
ないものは、ないのだから。
ワイン担当の人との話もそこそこに、アポイントはとっていなかったが、
シェフを呼んでもらった。
シェフにエクストラバージンオリーブオイルのサンプルを持ってきたのだ。
ほどなく、シェフが現れる。
相変わらず、素敵だった。
多分、とてもいい人なのだと思う。
ワイン担当の人からけちょんけちょんに言われる私に、同情してくれた。
「トマト1缶だけじゃわからないから、
 1回の仕込み量分サンプル出せない?」
なんて自分が作るわけでもないのに偉そうにワイン担当の人が言う横で、
「いや、1缶で何とかしますよ。」
と、シェフは言ってくれる。
「1回の仕込み量はどれくらいですか?」
私が聞くと、
「3缶です。
 あ、いや、本当に大丈夫ですよ。」
と、シェフが言う。
「そうしたら、この間お持ちしました1缶、開けないで待っていてください。
 今度あと2缶持ってきますので。
 さすがに3缶は重くて持ってこられませんが、
 2缶なら何とか持ってこられますから。
 3缶だと、8キロくらいになっちゃうので。」
と、私が言うと、
「あ、そうですよね。
 この間だって、重いのに、ありがとうございました。」
と、シェフが言った。
重いのにありがとう、と言ってくれるお客様は、中々いない。
そこまで気付いてもらえない。
本当にいい人だと思った。
 

  会社に戻ると、
課長が急に開かれることになった会議資料の作成に追われてあたふたしていて、
私もある資料を作成するように言われた。
6社のワイナリーを挙げられ、それらワイナリーの全ての商品の
ビンテージと、参考価格と、コストと、在庫と、商品規格と、
会社からイタリアへのオーダーがかかっているかどうかを調べるように言われる。
結局会社を出たのは9時過ぎだった。


  本当は今日の夜は
明日持って行くパスタとニンニクとチーズのサンプルの用意をしたかったが、
課長からの指示には従わざるを得ない。
明日の朝、いつもより30分は早めに会社に行こうと思う。




  私が嫌なのは、
こんなふうに何かに追われながら1日が過ぎ、
やがてこんな状態が慢性化して、
こんなことが私の生活の中で当たり前になっていくことだ。

  
  今思いつくだけでも、
やらなくてはならないこと、できればやっておきたいことが山積みで、
あぁ私、今日、もうちょっと会社に残れば良かったかなぁなんて思う。


  でも今日、最後のレストラン
「おたくの会社はあんまり面白いワインがないよね。
 どれもベタっていうかさ。
 古いビンテージのものもないし。」
なんて言われた時、
「別に私の人生ワインが全てじゃないし。
 もっと大切な物が他にあるし。」
と、咄嗟に心の中で思った。
そう思えたおかげで、私は何を言われても笑顔で
「何かお得な話がありましたり、
 面白いワインが入った時にはすぐご報告しますので、
 是非またご提案させてください。
 いつか必ず弊社のワインを使っていただきたいと私は思っていますので。」
と、言うことができた。
そして、
「別に私の人生ワインが全てじゃないし。」
と反射的に思えた自分に、安心した。
嫌なことを言われて落ち込むほど、私は仕事に押しつぶされていなかったのだ。